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久慈簡易裁判所 昭和33年(る)55号 判決

被告人 土居清久

決  定

(被告人・弁護人氏名略)

右土居清久に対する漁業法違反被告事件(昭和三三年(い)第二二三号)について正式裁判請求権回復の申立があつたので、当裁判所は左のとおり決定する。

主文

本件正式裁判請求権回復の申立を許可する。

理由

本件申立の要旨は、

被告人に対する前記被告事件の略式命令謄本は当裁判所より被告人の現住所宛て久慈郵便局昭和三十三年九月十五日付の消印ある特別送達郵便をもつて発送せられ、郵便集配人によつて同月十七日午前十一時頃被告人の現住所に配達せられたものであるが、当日被告人は不在で妻子も外出していたので、当時被告人方に下宿していた吉見津多が郵便集配人から被告人の印を要求され被告人の机の上にあつた認印を手交して郵便物を受取り、これを容易に人目につかないように同机抽出の書類の下に差入れて置いたまま忘れていたところ、被告人は同年十月十四日新聞紙記事により右略式命令のあつたことを知り驚き家人について調査の結果右の事実が判明した。略式命令の送達は刑事訴訟規則第六十三条第一項但し書に該当するものであるから同条項本文所定の送達は許されず送達をなすべき場所において送達を受くべきものに交付しなければならないのに、本件書類の交付を受けた吉見津多は被告人の代理人でないのは勿論事務員雇員でもなく被告人とは別世帯の単なる下宿人に過ぎないから右送達は適法な送達ということはできず無効である。仮に無効でないとしても、被告人は刑事訴訟法第三百六十二条所定のその責に帰することができない事由によつて申立期間を徒過したものであるから同法第四百六十七条により事実を知つた時から正式裁判請求期間内に該請求権回復の申立ができるものである。

というにある。

よつて案ずるに、当裁判所が久慈区検察庁より取寄せた土居清久に対する漁業法違反被告事件の起訴状略式命令及び郵便送達報告書に徴すれば、右被告事件(昭和三三年(い)第二二三号)の略式命令謄本が昭和三十三年九月十七日当裁判所より九戸郡種市町第一地割百十四番地の被告人に宛て送達せられたことは明らかである。また当裁判所尋問の証人吉見津多、同土居ヒエ、弁護人提出の吉見津多、同小松定雄作成にかかる各証明書及び前記郵便送達報告書を綜合すれば、右略式命令謄本封入の郵便物は種市郵便局勤務の郵便集配人小松定雄により昭和三十三年九月十七日午前十一時五十分頃被告人の右住所に配達されたが、その際被告人方には被告人その家族共に不在で当時同家に下宿していた吉見津多(六十六年)が玄関に出て来たので郵便集配人小松定雄は被告人宛の郵便物を吉見津多に手渡した上受領を証するための印を求めたところ同人が同家階下八畳間の机上にあつた被告人の認印を取つて郵便集配人に差出し同集配人において郵便送達報告書の書類受領者の署名又は押印欄に捺印して返し、右郵便物を受領した者が被告人でなく、その妻でもないことを知りながら吉見津多の受領資格について何等の調査をもしなかつたこと、及び吉見津多は右郵便物を前記八畳間机の抽出の書類の下に入れて置き、被告人や家人が帰宅後も忘れこれを告げないでいたこと、及び被告人は同年十月中旬新聞紙上で略式命令がなされた事実を知りその妻土居ヒエ等に問いただした結果、吉見津多が右郵便物を受領したことを思出し机の抽斗を捜してこれを発見するに至つたことを一応認めうる。そうであるとすれば、吉見津多は被告人方の単なる下宿人であつて刑事訴訟法第五十四条により準用される民事訴訟法第百七十一条にいわゆる同居者ではないから右郵便物を受領する権限がなく、したがつて右略式命令謄本は被告人に対し適法に送達されたということはできず、その送達は無効であるというべく、本件申立はその理由があるから主文のとおり決定する。

(裁判官 下斗米幸次郎)

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